キラルな一次元ペロブスカイト半導体の理論模型を構築
早稲田大学
更新日時:10月14日 14時00分
~キラル結晶中の電子状態を少数の要素で読み解く~
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102172/202610137760/_prw_PT1fl_8470BlR4.png】
自身とその鏡像が重ねられない構造をキラル※1な構造といいます。右手と左手はキラルな構造の代表例です。キラルな結晶構造の右手型と左手型の違いは、結晶内部の電子の性質に顕著な影響を与えます。早稲田大学高等研究所の大湊友也(おおみなとゆうや)准教授、東北大学金属材料研究所の古川哲也(ふるかわてつや)助教、早稲田大学理工学術院の石井あゆみ(いしいあゆみ)教授、東京理科大学先進工学部の伊藤哲明(いとうてつあき)教授らの研究グループは、有機無機ハイブリッド※2材料であるキラルな一次元ペロブスカイト半導体※3の電子構造※4を、少数の要素で読み解く理論模型※5を構築しました。結晶の対称性を手がかりに、第一原理計算※6で得られた電子状態の主要な特徴を再現し、電子のスピン※7に応じてエネルギーが分かれる現象(スピン分裂)について、その起源となる要素の役割を明らかにしました。本論文は、アメリカ物理学会発行の学術誌『Physical Review Research』に2026年10月7日付(現地時間)で公開されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202610137760-O2-6G1G12of】
図1 本研究の対象と理論模型。
左は素材となる有機キラル分子(1-フェニルエチルアミン、略称PEA)と、鉛・ヨウ素からなる無機成分です。中央は、これらが組み合わさってできたキラルな結晶(R-PEA)PbI₃の構造です。右は、その電子構造を記述する理論模型で、結晶の対称性を保ったまま単純化し、繰り返しの単位の中に対称性で結ばれた4つのサイトを置き、それぞれにキラルな部品を配置しています。各部品に付けた矢印は、サイトごとの向きの違いを表します。
(1)これまでの研究で分かっていたこと
キラルな構造は自然界にありふれています。私たちの右手と左手をはじめ、アミノ酸や糖、多くの医薬品の分子にも現れ、生物学、化学、物理学のいずれの分野にも登場します。例えば、タンパク質を構成するアミノ酸には右手型と左手型がありますが、生命はそのうち一方の型を選択的に利用しています。このような偏りが化学的にどのように生じうるのかは、長年の謎とされてきました。2026年のノーベル化学賞は、「不斉有機合成における非線形効果と自己触媒作用の発見」により、フランスのアンリ・カガン氏と、硤合憲三(そあいけんそう) 東京理科大学栄誉教授に授与されることが発表されました。 両氏は、一方のキラリティだけがそろった状態が化学反応によって自発的に生じうることを示し、この謎の解明に貢献しました。
固体物理学では、結晶の中を運動する電子の性質を調べます。結晶中の電子の振る舞いは、原子の並び方、すなわち結晶構造の対称性に強く影響されます。では、結晶構造そのものがキラルなとき、右手型か左手型かの違いは電子の運動にどのような影響を与えるのでしょうか。この問いは、近年大きな関心を集めています。固体物理学がこれまで主に扱ってきたのは無機結晶であり、キラルな結晶の研究も無機結晶を中心に進められてきました。しかし無機結晶では、右手型と左手型を系統的に作り分けることが難しく、素材を変えて電子構造を制御することも容易ではありません。
キラルな一次元ペロブスカイト半導体は、有機キラル分子と、鉛とヨウ素からなる無機骨格とを組み合わせた有機無機ハイブリッド材料です。化学の分野では、有機キラル分子の右手型と左手型の一方だけを取り出したり、作り分けたりする技術が発達しています。こうして得た有機キラル分子を素材として用いれば、結晶構造のキラリティを制御できます。また、有機キラル分子の種類を変えると、無機骨格の並び方や結晶の対称性が変わり、電子構造や光に対する応答も大きく変化します。さらに、この材料には鉛やヨウ素という重い元素が含まれています。重い元素では、電子の運動とスピンを結びつける「スピン軌道相互作用」※8が強く働きます。そのため、キラルな構造と電子のスピンの関係を調べるのに適しています。
キラルな一次元ペロブスカイト半導体は、これまで、デバイスへの応用を目指した研究が盛んに行われてきました。本研究グループの石井教授らは、一次元らせん構造を持つペロブスカイト素子で、円偏光※9の回転の向きを電流値として検出できることを示しました(A. Ishii, T. Miyasaka, Sci. Adv. 2020, 6, eabd3274)。さらに、らせん鎖の配列を制御した結晶では、光を当てると結晶の内部に大きな電圧が生じることも実証しました(A. Ishii et al., Angew. Chem. Int. Ed. 2025, 64, e202424391)。どちらの研究も、キラルな構造と光応答が密接に結びつくことを示しています。こうした光応答が電子のどのような性質から生まれるのかを理論的に理解するには、結晶中の電子状態を明確に記述する必要があります。
実験に加えて、計算によって電子構造を調べる研究も進められてきました。本研究グループは先に、この材料の第一原理計算を行い、エネルギーバンドの端(バンド端※10)付近の電子状態が主に鉛とヨウ素に由来することを示しました。加えて、スピンの向きに応じてエネルギーバンドが分裂することも明らかにしました(T. Furukawa et al., arXiv:2607.00933)。
一方で、いまだに解決されていない課題も残されています。第一原理計算で詳細な電子構造を明らかにすることはできましたが、その特徴を生みだしている最小限の要素が何であるかまでは、直接的に明らかにすることはできていません。この要素を特定できれば、キラルな構造と物理現象の関係について理解が深まります。さらに、光応答を理論的に解明するための土台にもなります。こうした理解は、キラルな材料をデバイスに応用する新たな道筋にもつながります。
そこで本研究グループは、できるだけ単純な理論模型を作り、電子構造の特徴を捉える最小限の要素を明らかにしたいと考えました。近年の固体物理学では、実験、第一原理計算、理論模型を組み合わせることで多角的な理解を深める研究手法が定着しています。しかし、キラルな一次元ペロブスカイト半導体については、結晶の対称性を保ちながら単純化した理論模型を構築し、電子構造を説明する試みは、これまで行われていませんでした。
(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
本研究では、キラルな一次元ペロブスカイト半導体(R/S-PEA)PbI₃を対象に、結晶の対称性を満たす理論模型を構築しました。少数の要素からなる理論模型でエネルギーバンドの全体的な形をとらえるとともに、バンド端付近ではスピン分裂の大きさまで再現することに成功しました。さらに、そのスピン分裂の起源となる要素を特定しました。
理論模型では、結晶の繰り返しの最小単位の中に、対称性によって互いに結ばれた4つのサイトを置き、それぞれにキラルな部品を配置しました。ここでいうキラルな部品とは、結晶を分割して捉えたときの、ひとつのかたまりのことを示します。個々の原子を一つずつとらえるのでなく、有機キラル分子と無機骨格をまとめて一つと扱います。注目する電子状態は、それぞれの部品に割り当てています。そして、各部品の間を電子が飛び移る過程に基づいて電子構造を記述します。
伝導帯と価電子帯について、それぞれ電子の飛び移りを特徴づけるパラメータを調整し、先行研究の第一原理計算と比較しました(図2)。エネルギーバンドの概形がよく一致しており、さらにバンド端付近ではスピン分裂の大きさも再現できていることが読み取れます。
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図2 理論模型(赤)と第一原理計算(灰色)によるエネルギーバンドの比較。
横軸は結晶中の電子の運動量で、ΓやXなどの記号は、結晶の対称性で決まる代表的な運動量の点を表します。上段が伝導帯、下段が価電子帯を示しており、バンドギャップに相当するエネルギー領域は省略しています。右の2枚は、バンド端付近を拡大したものです。矢印はスピンの向きを表し、上向きと下向きは互いに逆向きのスピンに対応します。
電子はスピンを持つため、飛び移りやすさがスピンの向きによって変わることがあります。このスピンに依存する飛び移りを詳しく調べたところ、理論模型上でスピン分裂の起源となる要素が、伝導帯と価電子帯とで異なることが分かりました。無機骨格がらせん状につながった鎖に沿った飛び移りのうち、伝導帯では隣り合う部品間の飛び移りが、価電子帯では一つ飛ばしの飛び移りが主に効いています。
また、スピンに関わる要素の符号を一斉に入れ替えると、スピンの向きのパターンも反転し、鏡像にあたる結晶構造の結果を再現できることを示しました。キラルな結晶の右手型と左手型の違いが理論模型のどこに現れるのかを、具体的に解明したことになります。キラルな構造と電子の性質を結ぶ関係を、最小限の要素の組み合わせとして記述することに成功しました。これは、複雑な結晶の電子構造であっても、その主要な特徴は少数の要素から理解できることを示しています。
(3)研究の波及効果や社会的影響
今回の理論模型は、結晶構造の対称性が許容する要素だけで構築されています。そのため、この枠組みを他のキラルな物質にも適用できると考えられます。物質ごとにパラメータを調整することで、その物質の性質を定量的に評価できます。また、各要素の役割を比較することで、物質を横断した統一的な理解につなげることができます。理論構成が明快で計算の負担も小さいため、有機無機ハイブリッド材料の研究に広く適用できると期待されます。キラルな構造は、電子のスピンの向きや、光の振動が回る向き(円偏光)といった性質と深く結びついています。今回構築した理論模型は、どの要素がこれらの結びつきを生みだしているのかを具体的に議論するための出発点になります。こうした理解が進むことで、材料が持つ、光とスピンを結びつける性質を引き出し、素子の機能として活かす道が見えてきます。キラルな材料をめぐる研究は、物質科学や光科学からエレクトロニクスに至るまで、幅広い分野に広がっています。応用先として、光を電気に変える光発電デバイス、光を見分ける光センサー、光でスピンを操る素子(光スピントロニクス)などが考えられます。本研究が、そうした次世代技術を支える土台のひとつになることを期待しています。
(4)課題、今後の展望
今後は、今回構築した理論模型を用いて、光応答の計算に取り組みます。具体的な計算対象は2つあります。ひとつは、右回りと左回りの円偏光で光の吸収が異なる円二色性※11です。もうひとつは、光を当てると結晶の内部に電圧が生じるバルク光起電力効果※12です。いずれもキラルな一次元ペロブスカイト半導体で報告されてきた現象であり、これらを計算することで、結晶構造のキラリティがどのように光応答へ影響するのかを系統的に調べられると考えています。そのためには、理論模型に光との結びつきを組み込む必要があります。また、理論模型そのものにも改良の余地があります。今回の理論模型はバンド端付近を重点的に記述しているため、そこから離れた領域では、エネルギーやスピンの偏りの大きさに第一原理計算とのずれが残ります。今後は、扱う対象に応じて必要最小限の要素を追加しながら、簡潔さを保ちつつ、再現性との両立を図ります。
(5)研究者のコメント
光を使って電子を自在に操るという大きな目標に向けて、キラルな構造は有力な手がかりだと考えてきました。今回の研究では、物理・化学、理論・実験の専門家が協働することで、複雑なキラル結晶の電子構造を少数の要素で読み解く土台をつくることができました。次は、この土台の上で光とキラルな構造の関係性を探求します。「光」と「キラル」をキーワードに研究者の交流を広げ、次世代の光技術の発展に貢献します。
(6)用語解説
※1 キラル
右手と左手のように、ある構造とその鏡像を重ね合わせることができない性質を持つことを「キラルである」といい、「キラルな構造」「キラルな結晶」のように用います。この性質自体はキラリティと呼ばれます。
※2 有機無機ハイブリッド
炭素を骨組みとする化合物を有機物、それ以外の物質を無機物と呼びます。プラスチックや多くの医薬品は有機物、金属や鉱物は無機物です。有機無機ハイブリッドは、この両者を組み合わせた材料を指します。本研究の材料では、有機物である分子と、鉛とヨウ素からなる無機物の骨格が組み合わさっています。
※3 一次元ペロブスカイト半導体
鉛をヨウ素が取り囲んだ八面体が、らせん状につながることで一次元の鎖をつくり、その周囲を有機分子が取り囲む結晶です。「一次元」は無機の骨格のつながり方を指し、結晶全体は鎖が集まった立体構造を持ちます。半導体は、光を吸収して電気を生んだり、電気を流して光を出したりできる物質で、シリコンを代表として太陽電池やLED、集積回路に使われています。
※4 電子構造
結晶中で電子が取り得るエネルギーと、それぞれのエネルギーに対応する電子の状態をまとめて指す言葉です。本研究では、エネルギーバンド、スピン分裂、スピンの向きの偏りに着目しています。
※5 理論模型
第一原理計算が、原子の種類と結晶構造を与えて電子構造を求めるのに対し、理論模型は、着目する現象に影響を与える要素を見極めて抽出し、簡潔な数式として表したものです。数式に含まれる数値は、第一原理計算の結果に合わせて決めます。要素が少ないため、各要素の役割が明確になるという利点があります。本研究では、電子が結晶中のサイトの間を飛び移る過程で電子状態を表す模型を用いており、このような模型は強束縛模型(タイトバインディングモデル)と呼ばれます。
※6 第一原理計算
原子の種類と結晶構造を与えるだけで、実験によって得た数値を使わずに、量子力学の基本法則から電子構造を計算する手法です。本研究では、密度汎関数理論(DFT)に基づく既報の計算結果を参照しています。
※7 スピン
電子が持つ、小さな磁石としての性質です。上向きと下向きの2通りの向きを取り、その向きによって電子状態のエネルギーが分かれることを、スピン分裂と呼びます。
※8 スピン軌道相互作用
電子の運動とスピンの向きを結びつける相互作用です。この相互作用によって、電子がどちらへ動くかに応じて、スピンの向きやエネルギーが変化します。原子核の電荷が大きく重い元素ほど強く働き、特に鉛のような元素では顕著に現れます。
※9 円偏光
光は、電場が振動しながら進む波です。その電場の振動方向が、光の進む向きに対して円を描くように回る光を円偏光と呼びます。円偏光には右回りと左回りがあり、キラルな構造を持つ分子や結晶は、それぞれの円偏光に対して異なる応答を示します。
※10 バンド端
原子がひとつだけの場合、電子が取り得るエネルギーは離散的な値に限られます。一方、原子が多数集まって結晶を形成すると、帯のように広がります。これを「エネルギーバンド」と呼びます。半導体では、電子が満たされているバンド(価電子帯)と、その上にある電子が入っていないバンド(伝導帯)との間に、電子が存在できない領域があります。価電子帯の上端と伝導帯の下端を「バンド端」と呼びます。
※11 円二色性
右回りの円偏光と左回りの円偏光とで、物質による光の吸収されやすさが異なる現象です。キラルな分子や結晶で現れ、分子や結晶の構造が右手型か左手型かを判別する手段として広く利用されています。
※12 バルク光起電力効果
光を当てることで電圧が生じる現象のうち、異なる材料を接合した界面を使わず、結晶内部だけで電圧が生じる現象を指します。一般的な太陽電池は接合の界面を利用しますが、この現象では結晶そのものが持つ対称性の低さによって電圧を生み出します。
(7)論文情報
雑誌名:Physical Review Research
論文名:Single-orbital tight-binding model for chiral one-dimensional hybrid organic-inorganic lead halide perovskites
論文名:キラルな一次元有機無機ハイブリッド鉛ハライドペロブスカイトの単一軌道強束縛模型
執筆者名(所属機関名):大湊友也*(早稲田大学高等研究所・准教授)、古川哲也(東北大学金属材料研究所・助教)、石井あゆみ(早稲田大学理工学術院先進理工学部化学・生命化学科・教授)、伊藤哲明(東京理科大学先進工学部物理工学科・教授)*印は責任著者。筆頭著者は大湊友也。
受理日:2026年9月1日
掲載日時(現地時間):2026年10月7日
掲載URL:https://journals.aps.org/prresearch/abstract/10.1103/vw7v-y192
DOI:10.1103/vw7v-y192
(8)研究助成
研究費名:科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 CREST
研究課題名:一次元有機無機ハイブリッドらせんナノ物質による近未来光デバイス技術の創出
課題番号:JPMJCR23A1
研究代表者名(所属機関名):石井あゆみ(早稲田大学)
研究費名:JSPS科研費 挑戦的研究(萌芽)
研究課題名:フェロアキシャル秩序が創発する特異交差応答
課題番号:JP23K17659
研究代表者名(所属機関名):古川哲也(東北大学)
研究費名:JSPS科研費 基盤研究(B)
研究課題名:散逸を伴う外場により誘起される電子スピン-核スピン複合非平衡偏極
課題番号:JP25K00963
研究代表者名(所属機関名):伊藤哲明(東京理科大学)
研究費名:JSPS科研費 基盤研究(C)
研究課題名:キラル結晶構造を有するトポロジカル半金属における非線形光学の理論
課題番号:JP26K06985
研究代表者名(所属機関名):大湊友也(早稲田大学)
研究費名:JSPS科研費 学術変革領域研究(A)『フォトキネティシズム:励起現象のマルチスケール速度論と革新的光機能』
研究課題名:有機無機ハイブリッドによるスピン偏極制御と光スピントロニクスへの応用
課題番号:JP26H00378
研究代表者名(所属機関名):石井あゆみ(早稲田大学)
研究費名:早稲田大学特定課題研究助成費
研究課題名:キラル物質における電子状態および光学応答の理論
課題番号:2026C-668
研究代表者名(所属機関名):大湊友也(早稲田大学)




