アゲハ幼虫は寄生バチから逃げるために長距離を歩く
国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
更新日時:9月9日 10時00分
蛹化前の『放浪』が寄生リスクを下げる可能性
2026年9月9日
岐阜大学
アゲハ幼虫は寄生バチから逃げるために長距離を歩く ― 蛹化前の『放浪』が寄生リスクを下げる可能性 ―
本研究のポイント
・ナミアゲハ(Papilio xuthus)の終齢幼虫は、蛹になる前に平均20 m以上を移動することがわかりました。
・寄主植物の近くでは蛹に寄生するアオムシコバチ(Pteromalus puparum)の寄生が確認されましたが、寄主植物から5 mおよび17 m離れた場所では確認されませんでした。
・寄生バチにさまざまな匂いを提示したところ、幼虫の食痕、ガットパージ(蛹になる前に排出する消化管内容物)、幼虫そのものの匂いには明確な誘引を示さず、前蛹(蛹になる直前の幼虫)の匂いに誘引されることがわかりました。
・これらの結果から、ナミアゲハの幼虫が蛹化前に寄主植物から離れる「放浪行動」は、蛹を狙う寄生バチに発見されるリスクを低下させる行動として機能している可能性が示されました。
研究概要
岐阜大学応用生物科学部の岡本朋子准教授と土田浩治招へい教員らの研究グループは、ナミアゲハ(以下アゲハ)と、その蛹に寄生するアオムシコバチを対象に、蛹化前の幼虫の移動が寄生回避に役立っている可能性を検証しました。
その結果、アゲハ幼虫は蛹化前に平均20 m以上もの距離を移動することが確認されました。また、野外に前蛹を配置した実験では、寄主植物およびその直近に配置した個体ではアオムシコバチによる寄生が確認された一方、寄主植物から5 mおよび17 m離れた場所に配置した個体には、寄生は確認されませんでした。さらに、寄生バチがどのような匂いを手がかりに寄主を探しているのかを調べるため、Y字型嗅覚計を用いた行動実験を行いました。幼虫が放浪前に排出するガットパージ、ガットパージ抽出物、幼虫による食害を受けた葉、終齢幼虫、放浪中の幼虫、前蛹の匂いをそれぞれ提示したところ、アオムシコバチは前蛹の匂いにのみ有意な誘引を示しました。これらの結果は、アゲハ幼虫が蛹化前に寄主植物から離れることによって、寄主植物の周辺で寄主を探索するアオムシコバチから逃れ、寄生リスクを低下させている可能性を示しています。また、アオムシコバチはアゲハの寄主植物周辺に到達した後、前蛹自身が発する匂いを手がかりとして寄主を探索している可能性があります。
本研究成果は、2026年8月26日に昆虫行動学の国際誌であるJournal of Insect Behavior誌のオンラン版で発表されました。
研究背景
昆虫にとって、捕食者や寄生者に発見されないことは生存上きわめて重要です。特に蛹は、成虫や幼虫のように移動して敵から逃げることができないため、蛹になる場所の選択そのものが重要な防御手段になると考えられています。一方、植物を食べるチョウやガの幼虫は、成長期間中は餌を得るために寄主植物上にとどまる必要があります。しかし、摂食を終えた終齢幼虫はその制約から解放され、蛹になる前に寄主植物を離れて移動することができます。これまで、この「放浪行動」については捕食回避などとの関係が議論されてきましたが、寄生バチを回避するうえでどの程度役立っているのかはほとんど検証されていませんでした。そこで研究グループは、「寄主植物から離れた場所で蛹になることで、蛹寄生性の寄生バチに発見されるリスクが低下するのではないか」と考え、検証を行いました。
研究成果
本研究では、まずアゲハの終齢幼虫が蛹化前にどの程度移動するのかを調べました。その結果、幼虫はガットパージを排出してから前蛹になるまでの間に平均20 m以上移動することが分かりました。なお、移動距離には雌雄差や体サイズによる明確な違いは認められませんでした。
次に、野外に前蛹を配置し、寄主植物からの距離と寄生率の関係を調べました。寄主植物上およびその直近では、蛹寄生バチであるアオムシコバチ(図1)の寄生が確認された一方、寄主植物から5 mおよび17 m離れた地点では、アオムシコバチによる寄生は確認されませんでした(図2)。
さらに、アオムシコバチが寄主を探す際に利用する匂いを調べるため、Y字型嗅覚計を用いて、ガットパージ、食害葉、幼虫、前蛹などの匂いを提示しました。その結果、アオムシコバチは前蛹の匂いにのみ有意な誘引を示しました。
これらの結果から、アゲハ幼虫の蛹化前の長距離移動は、寄主植物付近で寄主を探索するアオムシコバチから離れることで、寄生リスクを低下させる可能性が示されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202609085495-O6-5MZXS13Q】
図1. ナミアゲハの蛹に乗るアオムシコバチ
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202609085495-O5-2Lv2O7Ua】
図2. 寄主植物と蛹化場所間の距離ごとのアオムシコバチの寄生率
今後の展開
本研究では、アゲハの幼虫が蛹化前に寄主植物から離れることで、蛹寄生バチによる寄生リスクを低下させる可能性が示されました。また、アオムシコバチは前蛹の匂いに誘引されたことから、前蛹期に特有の揮発性物質を手がかりとして寄主を探索している可能性があります。
今後は、前蛹から放出される揮発性物質をGC–MSなどの化学分析によって特定し、それらの化合物に対する寄生バチの電気生理学的な反応や行動を調べることで、寄生バチが蛹化直前の寄主を発見する仕組みの解明を目指します。寄主植物からの移動距離や蛹化場所の選択が、自然環境下で実際にどの程度寄生リスクを低下させているのかを検証することで、チョウ類の蛹化前の放浪行動がもつ適応的意義をさらに明らかにできると期待されます。
論文情報
雑誌名:Journal of Insect Behavior
論文タイトル:Escape from parasitism: wandering behavior in lepidopteran larvae before pupation as a strategy to avoid parasitic wasps.
著者:近澤佑菜(岐阜大学修了生)、渡辺旭裕(岐阜大学修了生)、土田浩治(岐阜大学招へい教員)、岡本朋子(岐阜大学准教授)
DOI: 10.1007/s10905-026-09920-6
研究者プロフィール
岡本朋子准教授と土田浩治招へい教員は、本学応用生物科学部生物圏環境学科に所属する教員で、それぞれ、生物間相互作用、昆虫の集団構造の解明を行っている。

図1

図2

