疾患関連糖鎖カタログづくりを加速させる一気通貫型の糖ペプチド調製法を確立
国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
更新日時:8月27日 10時00分

2026年8月27日
岐阜大学
大阪国際がんセンター

疾患関連糖鎖カタログづくりを加速させる一気通貫型の糖ペプチド調製法を確立

 

 

本研究のポイント

・プロテオミクスの前処理方法であるSP3法を基盤に、糖ペプチドを一気通貫で調製する方法を確立しました。

・市販のセルロース磁性粒子を用いることにより、糖ペプチドの純度が向上しました。

・血液試料や組織試料から高純度な糖ペプチドを効率的に回収することが可能になりました。

・本技術は、疾患に関連する糖鎖を網羅的に示す「疾患関連糖鎖カタログ」を構築する基盤技術として活用されることが期待されます。

 

 

研究概要

 岐阜大学糖鎖生命コア研究所の中嶋和紀准教授、半澤健研究員、ネムチッチ・マティ研究員らの研究グループは、大阪国際がんセンターの宮本泰豪臨床検査科副部長、岡本三紀チームリーダーとの共同研究により、糖鎖が結合したタンパク質を大規模に解析するための、糖ペプチド調製法を確立しました。

 糖ペプチドの網羅的解析「グライコプロテオミクス」は、疾患バイオマーカー探索において有力なアプローチです。現在、国内で進められているヒューマングライコームプロジェクトでは、糖鎖の多検体分析を通じて、疾患と関連する糖鎖を探索してカタログ化を行います。しかし、これまでの試料調製法は、原理としては確立されていたものの、多検体を効率的に分析する上では限界がありました。

 本研究では、磁性粒子を用いてペプチドを集めるSP3(Single-pot, solid-phase-enhanced sample-preparation)法に着目しました。糖ペプチドは液体クロマトグラフ質量分析計による分析においてイオン化しにくいため、糖ペプチドを高純度に精製することが重要です。そこで本研究では、N-型糖ペプチドの調製に適したセルロース磁性粒子を選定し、ペプチド断片化から糖ペプチド精製までを一気通貫で行うことができる試料調製法を確立しました。この方法により、血清・血漿、組織試料から、糖ペプチドを高純度に集めることが可能になりました。近い将来、本技術がグライコプロテオミクスの全自動装置に実装され、新たな糖鎖バイオマーカーの発見や、新しい診断システムの開発につながることが期待されます。

 本論文は、現地時間2026年8月11日付で『Molecular & Cellular Proteomics』誌に掲載されました。なお、本研究は、文部科学省の大規模学術フロンティア促進事業「ヒューマングライコームプロジェクト」の支援を受けて実施しました。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202608264717-O1-3GFD5SHZ

本研究の概要図

 

 

研究背景

 糖鎖とは、グルコースなどの単糖(動物では約10種類の糖が存在)が枝分かれしながら鎖状につながったものです。糖鎖の構造は、がんや神経変性疾患など、様々な疾病において特徴的に変化することから、特定の糖タンパク質に生じる構造的変化は、疾患バイオマーカーの標的になりえます。

 グライコプロテオミクス1)(糖ペプチド2)の網羅的解析)は、糖鎖とペプチドの配列情報を両方同時に取得できるため、特異度が高いバイオマーカーがえられるアプローチです。2023年4月より、文部科学省の大規模学術フロンティア促進事業において進められているヒューマングライコームプロジェクトでは、血液試料を用いてグライコプロテオミクスの大規模コホート解析を進めています。しかし、現在の実験作業は一部の工程のみを自動で行うものであり、多検体分析には限界がありました。

 プロテオミクス分野では、自動化への対応のために様々な前処理法が検討されてきました。その一つとして、SP3(Single-pot, solid-phase-enhanced sample-preparation)3)法は、磁性粒子を用いて、1-チューブ内でペプチド断片化を行う方法です。また、ペプチド断片化により生じた糖ペプチドは、質量分析においてイオン化効率が低く、検出効率を高めるためには糖鎖を持たないペプチドを取り除く操作が必要でした。糖ペプチドの精製には、親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC)4)が最も用いられています。そこで本研究では、SP3法を基盤に、HILICによる糖ペプチド精製法を組み合わせた一気通貫型の糖ペプチド調製法を検討しました。

 

 

研究成果

1. N-型糖ペプチドの精製に適した一気通貫型の試料調製法を確立 (本研究の概要図)

 本法は、ペプチド断片化と、それに続くHILICによる糖ペプチド精製という2つの原理に基づいて行います(半澤健、中嶋和紀、Glycoforum, 2024)。SP3法ではタンパク質を80%(v/v) エタノール存在下で、磁性粒子上に凝集させたのち、集磁し、磁性粒子を洗浄、トリプシンによりオンビーズ消化を行います。

 次に、ペプチド消化物にトリフルオロ酢酸-アセトニトリル系のローディング液を加えてHILICによる糖ペプチド精製に進みます。このHILICでは、糖鎖の主にヒドロキシ基に起因する親水性の高さを利用して、糖ペプチドを捕捉し、非糖鎖付加ペプチドを除去します。非糖鎖付加ペプチドは、この条件においてアセトニトリル層に移行するため洗浄により除去されます。一方、糖ペプチドは、水比率が高い溶媒によって溶出されます。その回収された糖ペプチドは、液体クロマトグラフ質量分析計(LCMS)5)により測定して糖ペプチドを解析します。

 

2.セルロース磁性粒子6)の有用性を確認 (図1)

 SP3法によるペプチド断片化では、カルボン酸ポリマー磁性粒子(SeraMag-SpeedBeads)がよく使用されます。カルボン酸ポリマー磁性粒子でも糖ペプチドを精製することは可能ですが、本研究では、セルロース磁性粒子を用いることで、糖ペプチドの回収率や純度が向上することを明らかにしました。

 血清試料を用いた解析では、N-型糖ペプチド同定数やその回収量も若干向上しました。また、ラット脳組織を分析したところ、非糖鎖付加ペプチドの混入を大幅に抑えることができました。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202608264717-O2-wYVk8g00

図1   磁性粒子を使ったN-型糖ペプチドの調製法における磁性粒子の材質の比較。血液 (ヒト血しょう)および組織 (ラット脳)から調製を行い、ペプチドの同定数 (定性)およびペプチド量 (定量)について比較した:N-型糖ペプチド (検出対象)および非糖鎖付加ペプチド (除去対象)。

 

3. 胃がんにおける糖タンパク質のN-結合型糖鎖の癌性変化を検出 (図2)

 健常人20例、胃がん患者10例の血清を用いて、本セルロース磁性粒子を用いる方法と従来法の性能を比較しました。その結果、本法は、従来法とほぼ同様に、150種類の糖タンパク質に由来する1984個のN-型糖ペプチドが同定されました。有意に変動した糖ペプチドは方法間で若干異なりましたが、既に報告されている急性期糖タンパク質であるα1酸性糖タンパク質(AGP)やヘモペキシン(Hemopexin)の多分枝型でフコースを持つものの増加が確認されました。

 次に胃がん患者 8例より採取されたがん組織と近傍の正常組織を用いて癌性変化を調べました。その結果、本法では、686種類の糖タンパク質に由来する6812個のN-型糖ペプチドが同定されました。また、既に報告されているCEACAM6 7)の224番目のアスパラギン残基に付いたオリゴマンノース型糖鎖の変化や、ペリオスチン8)の599番目のアスパラギン残基に付いた複合型糖鎖の変化を検出しました。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202608264717-O3-IP73qBvI

 

 

今後の展望

 本研究では、血液試料から均一なN-型糖ペプチドを調製できることを示しました。本技術はヒューマングライコームプロジェクトにおける22万検体の糖鎖分析を実現するうえで、グライコプロテオミクス全自動装置の根幹をなす試料調製法となる可能性があります。近い将来、本技術が世界標準法として認知され、ヒューマングライコームプロジェクトにおける大規模解析の推進に貢献するとともに、その成果として、疾患関連糖鎖ペプチドの発見や糖鎖診断薬の開発につながることが期待されます。

 

 

研究者コメント

 これまでに糖ペプチド精製に関しては、固相抽出カラムを用いる報告が多くありましたが、全自動化に適した、汎用性の高い糖ペプチド調製法が必要でした。また、本研究は安価に入手できる市販のセルロース磁性粒子を用いて、N-型糖ペプチドを高い回収率で得られることを示しました。この効果により、さらに複雑なプロトコルを自動化することが可能になり、グライコプロテオミクスの高深度解析や、難易度が高いO型糖ペプチドの解析にも応用できると考えています。

 

 

用語の解説

1) グライコプロテオミクス:

 プロテオミクス(試料中に含まれているすべてのタンパク質の種類を特定する解析手法)を応用し、試料中の糖タンパク質を網羅的に解析する手法。糖タンパク質の上の、どこにどのような構造の糖鎖が付いているかを特定できます。

 タンパク質のアスパラギン残基(アミノ酸の1文字表記法でNと表記)に結合しているN型糖鎖がついた糖ペプチドを解析する方法を、特にN-グライコプロテオミクスという。

 

2) 糖ペプチド:

 グルコースなどの単糖が鎖状につながった糖鎖が、ペプチドに結合したもの。本研究の検出対象。糖タンパク質を、プロテアーゼによりペプチド断片化して得ることができる。

 

3) SP3法:

 磁性粒子を用いて、1-チューブ内でペプチド断片化を行う方法(Hughes CS et al. Nat. Protoc, 2019)。プロテオミクスでは、Cytiva社のSeraMag Speedbeadシリーズがよく使われているが、他の磁性粒子であっても同様に可能である(Batth TS et al. Mol. Cell Proteomics, 2019)。

 

4) 親水性相互作用クロマトグラフィー(HILIC):

 固定相(本研究の場合はセルロース磁性粒子)に、別の液体を移動相として溶離させる分配クロマトグラフィーの一つ。HILICでは主にアセトニトリル条件で、親水性の固定相上に生じた水和層において糖ペプチドが保持されて、非糖鎖付加ペプチドと分離される。

 

5) 液体クロマトグラフ質量分析計(LCMS):

 液体クロマトグラフィー(LC)と質量分析計(MS)を組み合わせた分析方法で、複雑な混合物を分離し、MSにより同定と定量を行うことができます。プロテオミクスやグライコプロテオミクスでは、本研究でも使用しているナノLCとOrbitrap型MSがよく用いられます。

 

6) セルロース磁性粒子:

 磁性粒子は磁石で容易に集めることができるため、自動化プロトコルに転用しやすい実験素材の一つ。本研究で使用したセルロース磁性粒子(ReliaPrep Resin)は核酸精製用としてプロメガ社から市販されている。本粒子は多孔質のセルロース磁性体であり、比表面積が高く、結合容量が大きいため、少量の磁性粒子で十分な収量を得ることができるという特長がある。

 

7) CECAM:

 癌胎児性抗原。腫瘍マーカーの一つで、細胞接着因子に関係する分子量約20万の糖タンパク質である。主に腺癌に対する診断マーカーとなる。

 

8) ペリオスチン:

 正常組織や原発腫瘍間質中の線維芽細胞によって発現される細胞外マトリックスの構成要素。上皮細胞の接着および遊走を支える役割を果たし、様々な癌との関連性が報告されている。

 

 

論文情報

雑誌名: Molecular & Cellular Proteomics

論文名:N-Glycoproteomics sample preparation using commercially available cellulose magnetic particles

著 者:Ken Hanzawa, Miki Tanaka-Okamoto, Matej Nemcic, Yasuhide Miyamoto, Kazuki Nakajima * (*責任著者)

doi: 10.1016/j.mcpro.2026.101638

 

 

 

 

図2
図1
本研究の概要図