「棄てる」廃水処理から「活かす」廃水処理へ
国立研究開発法人産業技術総合研究所
更新日時:6月24日 14時00分

窒素除去処理プラントの活性汚泥中で働く微生物群集を制御する技術を開発

ポイント 

・ 実際の発酵産業廃水処理プラントを縮小した装置と製造ラインで発生した廃水を用いて、微生物群集を窒素除去型から窒素資源変換・回収型へ転換することに成功

・ 微好気性活性汚泥プロセスの立ち上げにより、廃水中の低濃度窒素化合物をエネルギー資源として活用できるアンモニウムイオンにまで変換、それ以上の生物反応が進まないよう制御

・ 窒素化合物を窒素ガスに変換して大気放出する現行の窒素除去型プラントから、エネルギー回収型プラントへの転換を後押し

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202606221218-O1-uswv7qza

 

概 要 

国立研究開発法人産業技術総合研究所(以下「産総研」という)環境創生研究部門 堀 知行 上級主任研究員、青柳 智 研究グループ付は、キリンホールディングス株式会社(以下「キリンHD」という)R&D本部 微生物科学技術研究所 阿部 哲也 主幹、籾内 研吾 研究員、鈴木 拓磨 研究員、国立大学法人東京農工大学(以下「農工大」という)大学院工学研究院 化学物理工学部門 寺田 昭彦 教授、国立大学法人京都大学(以下「京都大」という)大学院地球環境学堂 藤原 拓 教授らと、発酵産業廃水処理プラントの微生物群集を窒素除去型から変換・回収型へと順応させるための制御技術を開発しました。

 

窒素化合物は私たちの社会活動に必要である一方で、その環境負荷が問題になっています。環境負荷を抑えるため、窒素化合物を含む産業廃水の現行の処理プラントでは窒素化合物は窒素ガスにまで分解され、大気放出されていますが、そのプロセスにおいては多量の酸素を供給するための曝気にエネルギーが消費されます。この分解反応を中間産物であるアンモニウムイオンまでで止め、それを回収することができれば、消費されるエネルギーが減るばかりか、逆にエネルギー資源として活用することができます。そのためには処理プラントにおいて活性汚泥中の微生物群集の分解機能を制御することが必要ですが、制御条件や微生物群集の応答についての調査研究は十分に進んでいませんでした。

 

今回、実際の処理プラントの縮小版と、現場で混合・調整した準実廃水を用いて、活性汚泥中の微生物群集を窒素除去型から変換・回収型へ順応させる過程における大きなボトルネックを解消することに成功しました。開発技術である「微好気性活性汚泥プロセス」によって廃水中の窒素化合物から生成されるアンモニアを、分離・濃縮することでエネルギー資源として回収することができます。本技術は現行の処理プラントに大幅な改変を加えることなく、分解・除去の廃水処理から、エネルギー回収を可能にする処理へのシフトチェンジになると期待されます。

 

なお、この技術の詳細は、2026年6月15日に「Water Research」に掲載されました。

 

下線部は【用語解説】参照

 

※本プレスリリースでは、化学式や単位記号の上付き・下付き文字を、通常の文字と同じ大きさで表記しております。

正式な表記でご覧になりたい方は、産総研WEBページ

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260624/pr20260624.html )をご覧ください。

 

研究の社会的背景

窒素化合物は、農作物の生育に必要不可欠な肥料として食糧生産を支えるだけでなく、医薬品や化成品の原料としても広く使われており、さまざまな分野で重要な役割を担っています。一方で、人間活動に由来する窒素化合物は、プラネタリーバウンダリーの研究において、その排出量が地球の限界値を超えた非常にリスクの高い状態にあると指摘されています。例えば、窒素化合物が環境中へ過剰に排出されることによる湖沼や海域の富栄養化、酸性雨の発生、亜酸化窒素による地球温暖化などの影響が懸念されています。

 

発酵産業において、食品や医薬品の製造時に排出される有機性産業廃水には低濃度の窒素化合物が含まれていますが、その処理に用いられる現行の活性汚泥プロセスでは、窒素化合物の有機成分はアンモニウムイオンに変換された後、亜硝酸・硝酸・一酸化窒素・亜酸化窒素を経て窒素ガスにまで生物学的に分解され、大気放出されています(硝化脱窒処理)。このプロセスには多量の酸素が必要で、曝気によるエネルギー消費も少なくありません。廃水中に含まれている低濃度の窒素化合物をアンモニウムイオンに変換・回収し、資源として活用するためには活性汚泥中の微生物群集の繊細な制御が必要ですが、その制御技術は確立していませんでした。

 

研究の経緯

産総研は、水資源の循環利用と安全・安心な処理技術の開発を目指し、微生物学的知見に基づいた廃水処理・再資源化に関する研究を進めており、鉄鋼産業廃水処理技術の開発(2022年8月4日 産総研プレス発表)や難分解性有害物質の安定処理機構解明(2018年6月15日 産総研プレス発表)などに取り組んできました。今回、その一環として、産総研の次世代シーケンサー解析や網羅的有機物分析などを用いた環境微生物研究で蓄積された知見と、キリンHDの有する発酵産業廃水の処理技術基盤、農工大と京都大の窒素動態解析の技術・知見を連携・発展させて、窒素除去型から窒素資源変換・回収型へ微生物群集を順応制御する方法の開発を目指しました。硝化脱窒による窒素除去が定常的に行われている発酵産業廃水処理プラントの活性汚泥を種汚泥として、実処理プラントの縮小モデル装置に製造ラインで発生・混合した準実廃水を流入させ最適条件を適用することで、廃水中窒素化合物をアンモニウムイオンとして変換・回収するレトロフィット技術の有効性を探りました(概要図)。

 

なお、この成果は、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の委託事業「ムーンショット型研究開発事業」の結果得られたものです。

 

研究の内容

廃水中の窒素化合物をアンモニウムイオンへと変換・保持するためには、アンモニウムイオンを消費する硝化微生物(アンモニア酸化微生物、亜硝酸酸化微生物)の活性を抑制する必要があります。硝化微生物は酸素を利用して生育すること、また低いpHで阻害されることが知られています。そのため、研究チームでは曝気削減による低溶存酸素(DO)濃度とpH調整剤添加による低pHを制御因子として、処理水質と微生物群集の両面から微好気性活性汚泥プロセスの立ち上げと安定化を評価しました。運転条件は三つの系列「①低DO低pH、②低DO→低DO低pH、③低pH→低DO低pH」を準備しました。低DOは1.0 mg/L以下程度、低pHはpH 5.8を基準としました。系列①では運転条件切り替え開始とともに低DOと低pHを同時適用させました。系列②は、切り替え1では低DOのみを適用し、その後切り替え2でさらに低pHを追加適用させました。系列③は、切り替え1では低pHのみを適用し、その後切り替え2でさらに低DOを追加適用させました。なお、運転条件切り替え前はすべての系列で硝化脱窒条件にて運転を実施しました。合計容量が約33 Lの縮小モデル装置に種汚泥を投入し、その後、全有機炭素濃度約1,500 mg/L、全窒素濃度約600 mg/L、アンモニウム態窒素濃度約400 mg/Lの廃水を連続的に流入させました。

 

運転期間を通して、流入廃水中の全窒素濃度に対する処理水中のアンモニウム態窒素濃度の比率(アンモニウムイオン変換・保持率)を評価しました。運転条件切り替え1にて、低DO条件を設定した系列①と系列②は切り替え直後に処理水中のアンモニウムイオン変換・保持率の急激な上昇が見られましたが、系列③の低pH条件では変換・保持率上昇には切り替えをしてから一週間ほどを要しました(図1上)。運転条件切り替え2の期間における変換・保持率は三つの系列で77.6 %〜103.6 %を達成しました。有機物の除去率は、運転期間を通してほぼ90 %以上を示しましたが、三つの系列すべてで低DO条件を設定した直後に比較的大きな有機物除去率の低下が観察されました(図1中央)。この結果は、有機物除去とアンモニウムイオン変換・保持はトレードオフの関係にあることを示しています。有機物除去率が減少する時かつアンモニウムイオン変換・保持率が上昇する時に処理水の濁度の上昇が観察され、低pH条件に比べて低DO条件でより顕著であることが示されました(図1下)。産業廃水処理においては、処理水の濁度は200 NTU以下であることが基準となります。本プロセスの処理水の濁度成分は、ほとんどが微生物細胞由来であることが示唆されたため、運転期間中にDO濃度を下げすぎない制御を実施することで、汚泥微生物と処理水の分離性能(自然沈降による固液分離)を高く保ち、濁度の上昇を抑えることもできました。アンモニウムイオン変換・保持率や有機物除去率、処理水濁度の水質パラメーターの結果から、系列①が最も速くかつ安定な立ち上げができました。

 

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本プロセスの処理水は、分離膜や吸着材による濃縮過程を経て、多用途に活用可能な高濃度アンモニア水として回収されます(概要図)。処理水中に残存する溶存有機物も、後段の工程でさらに濃縮されることが想定されます。そのため、処理水中の溶存有機物の残存性評価を行いました。まず初めに3D-EEM(3次元励起蛍光マトリクス)を用いて、未知成分も含めてどのような物質が処理水中に残存しているかを可視化しました(図2左)。その結果、三つの系列すべてで低DO条件を設定後に特定の残存物質の存在を示すスペクトルの強度が高く(赤色)なっていましたが、運転期間終了時には強度は低くなっていました。詳細に解析するために、同じ処理水についてLC-TOF/MS(液体クロマトグラフ飛行時間型質量分析計)によるノンターゲット定性・定量分析を行いました。その結果、数百種の陽イオン物質が処理水中に残存することが明らかになりました。その種類と存在量をインプット情報として主成分分析したところ、処理が安定に保たれた時にはプロットが左側に位置し、処理が不安定の時にはプロットが右側に移動しました。系列①と系列②では低DO条件の適用直後の有機物除去率が低下した時には右側にプロットが移動しましたが、運転後半には左側にプロットが戻り、処理回復が示唆されました(図2右)。さらに、物質推定を試みたところ、安定処理と不安定処理の時の特徴的な残存有機物を絞り込むことができました。

 

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運転条件の切り替えによる微生物群集の応答を検出し、さらにアンモニウムイオン変換および有機炭素除去を可能とした微生物を特定するため、次世代シーケンサーにより、活性汚泥中の数千種の微生物(バクテリア・アーキア)を同定しました。微生物群集構造は硝化脱窒条件とアンモニウムイオン変換・保持条件では明確に異なりました(図3左)。さらに系列①〜③の異なる運転条件や経緯で微生物群集が順応制御されましたが、それらの構成種は比較的類似していました。特に加水分解やタンパク質分解能を持つExtensimonas属の1種(図3右紫色)およびThermomonas属の1種(図3右赤色)が共通して優占し、一つの微生物種で微生物全体の26.5 %〜51.1 %を占めていました。このことから、これらの微生物がアンモニウムイオン変換において中心的な役割を果たしていたと示唆されました。また低分子有機物を活発に分解することが知られるLimnohabitans属の1種(図3右青色)は低DO条件において順応しやすかったことが判明しました。この優占微生物の違いが処理水中の残存有機物に影響を与えた可能性があります。なお、三つの系列すべてでアンモニウムイオンを亜硝酸に酸化するアンモニア酸化微生物の量は運転開始時の100分の1程度まで減っていたことも確認し、アンモニウムイオンの保持に密接に関与していると示唆されました。

 

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これらの結果は、運転条件の制御因子(低DOおよび低pH)を変更することで、窒素除去型から窒素資源変換・回収型への微生物群集の迅速な切り替えが可能であると示しています。また、廃水処理と資源回収を両立するためのボトルネックとなっていた水質成分や主要微生物を特定することができました。このように、微生物群集を制御しその高い適応能力を発揮させることが新たな窒素循環技術の確立に重要であると見いだしました。

 

今後の予定

「微好気性活性汚泥プロセス」は既存の処理装置を使いレトロフィットに迅速導入できる技術です。今後は発酵産業廃水でのスケールアップ(ベンチスケール)や他の低濃度廃水(下水など)を対象に本プロセスの開発を継続し、多様な処理設備や廃水種に適用できる新しい水処理・資源化技術の確立を目指します。

 

論文情報

掲載誌:Water Research

論文タイトル:Acclimation of microbial communities in low dissolved oxygen and low pH driven start-up of microaerobic activated sludge process to recover ammonium from fermentation industrial wastewater

著者:Kengo Momiuchi#, Tomo Aoyagi#, Takuma Suzuki, Taku Fujiwara, Akihiko Terada, Hidehiro Sugiura, Tetsuya Abe*, Tomoyuki Hori*(#共同筆頭著者、*共同責任著者)

DOI:https://doi.org/10.1016/j.watres.2026.126305

 

用語解説

曝気

ブロアーやエアレーターにより水中へ空気(酸素)を供給し、酸素を利用する好気性の微生物の活動を維持・促進する操作のこと。微生物が活発に働くことで、有機物の分解を効率的に進めることができる。

 

活性汚泥

生活・産業廃水の浄化のために利用される微生物群(バクテリア・アーキアや菌類が主な構成生物)・有機汚泥の総称。

 

プラネタリーバウンダリー(地球の限界)

従来人類が安全に生存できる活動領域と、地球環境が回復不能な破壊を受ける境界線(限界値)を定義した環境科学の概念。九つの指標のうち、すでに複数の項目が危険領域に達していると警告されている。そのうち窒素は、リンとともにすでに人間活動による影響が安全域を大きく超え、不可逆的な変化が懸念されている「高リスク(危険領域)」とされている。

 

次世代シーケンサー

従来に比べ、飛躍的に解析速度が向上した、遺伝子の塩基配列の解読装置。複数の試料に含まれる微生物の種類を1試料あたり数万から数十万種、合計で数千万種の微生物を同時並行的に同定できる。

 

アンモニウム態窒素

アンモニウムイオン(NH4+)として含まれる窒素。

 

3D-EEM(3次元励起蛍光マトリクス)

水中の溶存有機物の光学的特性を用いた比較的簡易な水質評価法。水試料に対し、励起波長と蛍光波長を変化させながら蛍光強度を測定し、3次元にプロットすることで、水中に含まれる蛍光性有機物の大まかな種類と存在比率の推定が可能。

 

LC-TOF/MS(液体クロマトグラフ飛行時間型質量分析計)

液体クロマトグラフ(LC)とTOF/MSを組み合わせた装置。LCは、試料中に含まれる混合成分を時間差で分ける装置であり、成分ごとにカラムの中で進む速さが異なるため、順番に分離される。その後、分離された成分はTOF/MSに送られ、電気の力でイオン(帯電した状態)化される。そのイオンが装置の中で加速され、飛んでいく時間の違いから質量を測定する装置。この「飛ぶ時間の差」から非常に精密な質量がわかり、物質の種類や構造を調べられる。

 

ノンターゲット定性・定量分析

あらかじめ調べる対象を決めずに、試料中に含まれるできるだけ多くの化合物を検出・同定する分析方法。ここでは、LC-TOF/MS測定で高精度な質量データを取得することで、各成分の候補となる分子式や構造を推定する。この方法により、未知成分や予想していなかった物質も含めて、試料全体の化学組成を把握できる。

 

主成分分析

複雑なデータ(多変量データ)における違いや傾向を、データ内のばらつきや特徴を保ったまま、2次元や3次元にして可視化する統計手法。ここでは、LC-TOF/MS測定で得られた成分情報(質量や強度データ)を用いて、「どの運転条件における処理水に残存する有機物成分が似ているか」を可視化した。

 

 

プレスリリースURL

https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2026/pr20260624/pr20260624.html