超伝導体を用いた高性能な極低温熱発振器を開発
東京都公立大学法人
更新日時:6月2日 14時00分

ポイント

・高純度のPb線(超伝導体)とCu線(常伝導体)をハンダ接合することで、熱発振器を作製。

・超伝導-常伝導転移での急峻な熱伝導率変化を利用し、微小な振動磁場で熱発振を実現。

・熱伝導率の振動を利用することで、平均温度が安定した熱発振を実現しており、極低温センサー(例えば宇宙物理で用いられるTES)の温度校正や、極低温熱物性測定に利用できる可能性がある。

 

概要

極低温熱発振器は、数ケルビン程度の極低温で交流熱を発生させる装置であり、宇宙観測で用いるセンサー(例えばTransition Edge Sensor(TES))[1] の温度校正や、交流熱を用いた精密物性測定での利用が期待されています。交流熱発振は、ヒーターON時の加熱とヒーターOFF時の冷却を繰り返すことで生成できますが、ヒーター加熱時と冷却時の熱緩和機構の違いから平均温度の安定化や高周波熱発振、波形制御は容易ではありません。よって、交流熱発生時の昇温および降温の機構が共通の、新しい極低温熱発振器の開発が求められていました。

東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻の水口佳一教授とPoonam Rani特任研究員は、高純度の鉛(Pb)と銅(Cu)の線をハンダ接合した熱発振器を作製し、Pbの超伝導転移温度 [2](7.2 K [3])以下の温度域で熱発振に成功しました。本研究チームが最近報告した高純度Pb線の磁場中超伝導転移における急峻な熱伝導率 [4] の変化(P. Rani et al., Mater. Today Electron. 13, 100165 (2025); M. Mashiko et al., J. Phys. Mater. 9, 01LT01 (2026))を応用し、振動磁場を印加することでPbの熱伝導率を振動させることに成功しました。その影響はCu線に伝わり、Cuは磁気熱抵抗を示さないためCu線内に均一な熱振動を生じさせることができます。今後、熱発振器の高周波特性を検証することで、上記の極低温センサー校正や精密物性測定など、様々な科学・応用分野での利用が期待できます。

本研究成果は、5月28日(現地時間)付けでElsevierが発行する英文誌Materials Today Advancesに発表されました。本研究の一部は、JST戦略的創造研究推進事業ERATO「内田磁性熱動体プロジェクト」(研究総括:内田健一、課題番号:JPMJER2201)および東京都立大学若手研究者等選抜型研究支援(研究代表:水口佳一)の支援を受けて行われました。

 

研究の背景

 本研究チームは、超伝導体を利用した磁気熱スイッチング材料 [5] や熱ダイオード [6] の開発を進めてきました。これらの素子は極低温熱制御における重要な素子であり、今後さらなる特性向上が期待されます。これらの熱制御素子では、特に第一種超伝導体 [7] の高い熱伝導率と転移温度での大きな熱伝導率変化を利用したものです。例えば、高純度Pb線(純度:5N = 99.999%)の磁場中熱伝導率測定を精密に行い、超伝導状態の低熱伝導率と常伝導状態の高熱伝導率の磁気熱スイッチング比が20倍以上に達することを報告しました(M. Yoshida et al., J. Appl. Phys. 134, 065102 (2023))。また、Pb線の長さ方向(熱流方向)に平行に磁場を印加した際の急峻な変化(図1(a))を利用することで、Pb-Al接合(Alはアルミニウム)による熱ダイオード設計を行いました(P. Rani et al., Adv. Phys. Res. 4, e00080 (2025))。本研究では、図1(b)に示す通り磁気熱抵抗がほぼない(磁場変化に対して熱伝導率がほとんど変化しない)Cu線を利用し、Pb線と接合を作製することで、磁場駆動の極低温熱発振器を作製しました。極低温熱発振器は、数ケルビン程度の極低温で交流熱を発生させる装置であり、宇宙観測で用いるセンサー(例えばTransition Edge Sensor(TES))の温度校正や、交流熱を用いた精密物性測定での利用が期待されています。一般的な交流熱発振は、ヒーターON時の加熱とヒーターOFF時の冷却を繰り返すことで生成できますが、ヒーター加熱時と冷却時の熱緩和機構の違いから平均温度の安定化や高周波熱発振、波形制御は容易ではありません。よって、交流熱発生時の昇温および降温の機構が共通の新しい極低温熱発振器の開発が求められていました。本研究で作製した熱発振器は、Pb線の熱伝導率の均一な振動を利用したものであり、昇温および降温の機構が共通な新しい原理の熱発振器です。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202605299973-O3-e234a107

 図1.(a)Pb線(純度:5N)と(b)Cu線(純度:5N)の磁場中での熱伝導率の磁場依存性(それぞれ温度がT = 3, 4, 5, 6 K)。

 

研究の詳細

 

本研究では、高純度(5N)のPb線とCu線をSn-Pbハンダで接合し、熱発振器の材料を作製しました。PbとCuの長さ比を60:40にしたPb60-Cu40試料に加え、Pb50-Cu50-やPb40-Cu60試料の作製と評価も行いました。図2はPb60-Cu40試料で正弦波型の熱振動を発生させる実験です。図2(b)がセットアップのイメージ図で、Pb側を熱浴に接続し、Cu側に直流ヒーターを設置しました。Cu線に接続したCernox温度計 [8](T1)で熱振動を観測します。図2(a)が発生したT1熱振動であり、そのために図2(b)のような振動磁場を印加しています。ここでは、印加磁場と同様の波形の熱振動発生を目指しており、図2(d)で示した超伝導転移での熱伝導率変化幅より小さい熱伝導率変化を生じさせています。すなわち、図2(d)の緑帯内で振動するような小さい振幅の振動磁場を印加しています。振動磁場の時間変化に対応したT1熱振動出力とPb線の熱伝導率変化のイメージ図を図2(c)に示します。期待した通り、印加磁場の振動と同様の波形のT1熱振動が観測されました。この条件では熱振幅の上限がわからないため、次により大きな振幅の振動磁場で実験を行いました。

図3では、超伝導転移での熱伝導率変化幅を超えた磁場振幅を用いた場合の結果です。この場合、振動磁場の上端および下端ではPb線の熱伝導率が変化しないため、得られるT1熱振動は方形波に近い形になります(図3(a,b))。ここで、図3(b)の赤丸で示した2点を取り、現時点での追従周波数を計算してみると、1.3 Hz程度の周波数では動作しそうだということがわかりました。本研究で用いている装置では交流磁場を生じさせることができないため、今後は交流磁場を用いた実際の追従周波数評価 [9] を目指します。図3(c,d)に直流ヒーターの出力と熱浴温度を変化させた場合の結果を示します。熱振動振幅はより大きなヒーター出力で増大し、低温で大きな振幅を示すことがわかります。これは、Pb線の常伝導状態での熱伝導率が低温で増大することで理解できます。

最後に、図4にCu線内の異なる位置で熱振動を同時測定した結果を示します。熱発振器の用途として、様々な形状かつ多チャネルでの熱発振を実現する必要があり、Cu線内で均一な熱発振が生じることは大きなメリットとなります。図4(a)に示す通り、T1に加え10 mm離れた位置でT3を測定したところ、図4(b)のような均一な温度変化が生じていることがわかりました。このことから、磁気熱抵抗がなく高熱伝導率を持つ高純度Cuを出力端子として用いることが、本研究成果の応用上のメリットであることが示されました。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202605299973-O4-8SWBt3II

 図2. 正弦波出力を目指した場合。(a) 温度計T1で観測した熱振動(熱浴温度:Tbath = 5 K)。(b)熱発振器試料と測定のイメージ図と印加した振動磁場。(c) 振動磁場、T1熱振動出力、Pb線の熱伝導率の時間変化のイメージ図。(d) Pb線に長さ方向と平行に磁場を印加した場合の熱伝導率の磁場依存性(T = 3 K)。ここでは正弦波を出力するために図中の緑帯内の範囲で振動磁場を与えた。

 

【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202605299973-O5-ELUHr2ns

 図3. 大振幅や方形波を目指した場合。(a) 熱発振器試料と測定のイメージ図と印加した振動磁場。ここでは図1(d)の緑帯の範囲を超えた振動磁場振幅を与えている。(b) 方形波に近い形状のT1出力(Tbath = 5 K)。図中の赤丸の2点から簡易的に見積もった周波数は1.3 Hz。(c,d) T1振動の直流ヒーター出力と熱浴温度依存性。


【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202605299973-O6-53D38q7R

 図4. Cu線内の熱振動の均一性検証。(a) 熱発振器試料とT1およびT3の測定イメージ図。(b) T1およびT3の時間依存性。10 mm離れているT1とT3はほぼ同じ熱振動を示している。

 

研究の意義と波及効果

 本研究では、一般的に用いられるヒーターのON・OFFによる熱発振でなく、超伝導転移での熱伝導率変化を利用した新たな原理で動作する極低温熱発振器を作製しました。高純度金属超伝導体の急峻かつ大きな磁気熱抵抗を利用したことが本研究のポイントであり、今後同様の熱発振器作製に本原理が利用される可能性が高いと考えています。本研究で開発した熱発振器は、TESなどの宇宙観測で用いる極低温センサーの温度校正に利用できる可能性が高く、また比熱や熱電係数などの低温物性測定の高効率化につながると期待できます。今後、本動作原理で達成し得る追従周波数の上限を検証することで、さらなる応用の可能性が広まると考えられます。

 

(用語解説)

 

[1] Transition Edge Sensor (TES、超伝導転移端検出器)

超伝導の特徴を活かし、X線の吸収によって発生した熱が抵抗値を急激に変化させる様子を測定することで、吸収したX線のエネルギーを精密に推定する検出器のこと。

 

[2]超伝導(超伝導転移温度、臨界磁場)

低温で生じる量子現象であり、電気抵抗の消失、完全反磁性など特徴的な性質を示す。物質が超伝導状態に転移する温度を超伝導転移温度と呼び、超伝導状態が消失する磁場を臨界磁場と呼ぶ。超伝導状態では、電子がクーパー対(電子対)を形成し、電子キャリアが担っていた熱伝導が大幅に抑制される。

 

[3]K(ケルビン)

絶対温度の単位。0℃は約273 Kである。

 

[4]熱伝導率

物質の熱の伝えやすさを示す物理量で、熱伝導率が高いほど、熱を通しやすい。本研究では試料の一端に熱を与え、試料中の温度勾配を測定する定常法を用いて測定を行った。

 

[5]磁気熱スイッチング材料

熱伝導率の大きさが外場の印加などによって変化する材料を熱スイッチング材料とよぶ。外場として、磁場の印加や磁化の方向によって熱スイッチングを生じさせる材料のことをよぶ。磁化とは、物質が外部磁場の影響で磁石の性質を得ること。

 

[6]熱ダイオード

材料に温度差を与えたときに、熱流の方向によって熱の流れやすさが異なり、熱整流効果を生じさせることができる材料のこと。

 

[7]第一種超伝導体

単体金属などの乱れの少ない材料に生じる超伝導状態で、超伝導状態では基本的に完全反磁性状態を保つ特徴がある。強い磁場の印加によって中間状態(超伝導体内に生じた常伝導領域)を形成することがある。

 

[8]Cernox温度計

温度計の一種で、低温磁場中での測定に用いられる。

 

[9] 追従周波数

本研究では検証できていないが、印加した振動磁場に対して熱振動が追従できるかを検討する際の指標。追従できる印加磁場の周波数限界のこと。

 

 

(論文情報)

タイトル:Low-temperature magnetic-field-driven thermal oscillator based on metal-superconductor joint

著者: Poonam Rani, Yoshikazu Mizuguchi(責任著者)

掲載誌:Materials Today Advances

DOI: 10.1016/j.mtadv.2026.100835