酸素欠損を持つ岩塩型TiO・VOで4s電子を発見
早稲田大学
更新日時:4月30日 15時00分
モット絶縁体が金属化する新機構
2026年4月30日
早稲田大学
大阪公立大学
酸素欠損を持つ岩塩型TiO・VOで4s電子を発見 ~モット絶縁体が金属化する新機構~
詳細は早稲田大学HPをご覧ください
【表:https://kyodonewsprwire.jp/prwfile/release/M102172/202604278212/_prw_PT1fl_snOg6gG1.png】
早稲田大学理工学術院の溝川貴司(みぞかわたかし)教授、勝藤拓郎(かつふじたくろう)教授、三吉野節(みよしのたかし)修士課程学生(現NEDO職員)、東京都立大学 武上大介(たけがみだいすけ)特任助教(研究当時:早稲田大学 理工学術院 リサーチフェロー)、ドイツのマックスプランク固体化学物理学研究所のL. H. Tjeng教授、大阪公立大学大学院工学研究科の播木敦(はりきあつし)准教授らの研究チームは、酸素欠損を持つ岩塩型構造のTiO(チタン酸化物)、VO(バナジウム酸化物)を高輝度放射光を用いた硬X線光電子分光※3,4で観測することによって、酸素欠陥の周囲に形成されたTi 4s軌道およびV 4s軌道に、電子が収容されていることを発見いたしました。
本成果は2026年4月18日にアメリカ化学会が発刊する「Journal of the American Chemical Society」誌に掲載されました。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202604278212-O2-V1pZ4H0I】
キーワード:
遷移金属酸化物、酸素欠損、遷移金属4s軌道、モット絶縁体、硬X線光電子分光
(1)これまでの研究で分かっていたこと
原子では3d軌道よりも4s軌道の方が低エネルギーであることから、原子番号19番のKと20番の Caで4s軌道に最外殻電子が収容され、原子の周期律ができます。21番のScから29番のCuまでは、3d軌道に電子が収容されていく遷移金属元素となります。
一方、酸素イオンが遷移金属に配位する酸化物中では、図1(a)に示すように、遷移金属4s軌道は酸素2p軌道とより強く混成することで大きくエネルギーが上昇する一方、3d軌道はそれほど上昇しません。そのため、酸化物中でイオンとなった遷移金属では、3d軌道より先に4s軌道から電子が抜けます。通常の遷移金属酸化物では、遷移金属4s電子は存在せず、遷移金属3d電子が物理的・化学的性質を決定しています。このような遷移金属酸化物(d電子系と呼称されることもあります)は、磁性や超伝導など多彩な物性を示すとともに様々な触媒機能を示すことから盛んに研究されています。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202604278212-O5-3BEw64NW】
図1:(a)原子での遷移金属3d軌道、4s軌道と酸素2p軌道のエネルギー準位が、酸化物中において軌道間の混成によって変化する様子、(b)酸素欠損がある遷移金属酸化物中で、遷移金属3d軌道の低エネルギー側に4s軌道が出現する様子
(2)新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
早稲田大学理工学術院の勝藤拓郎教授の研究グループは酸素欠損を持つ岩塩型TiOとVOの単結晶育成に成功し、その電子物性の研究を進めています。TiO、VOは3d軌道にそれぞれ2個、3個の電子を持ち、モットハバード型モット絶縁体になると予想されますが、実際は金属的な性質を示します。
その理由を解明するために、早稲田大学理工学術院の溝川貴司教授とマックスプランク固体化学研究所のL. H. Tjeng教授の共同研究チームは、高輝度放射光施設SPring8に設置された台湾の国家同歩輻射研究中心(NSRRC)の硬X線光電子分光装置を用いて電子構造の計測を行いました。その結果、図1(b)に模式的に示すように、酸素2p軌道と混成しにくくなった遷移金属4s軌道が3d軌道の低エネルギー側に出現し、電子を受け入れていることが明らかになりました。以下に、計測結果とその解釈について説明いたします。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202604278212-O4-x8nha1Sv】
図2:(a)TiOx(x=0.93、1.06、1.10、1.28)の硬X線光電子分光、(b)VOx(x=1.00、1.15、1.30の硬X線光電子分光、 (c)酸素欠損を持つTi27O26のLDA計算による状態密度、(d) 酸素欠損を持つV27O26のLDA計算による状態密度、(e)TiOのLDA+U計算による状態密度、(f)VOのLDA+U計算による状態密度
酸素欠損と金属欠損が共存する岩塩型TiOxとVOxの硬X線光電子分光(HAXPES)を計測したところ、図2(a)と(b)に示すように、フェルミ準位(図中のBinding Energyのゼロ)の近くに2つのピークαとβが観測されました。硬X線の偏光ベクトルと光電子の放出方向が平行な場合(Horizontal)と垂直な場合(Vertical)で3d軌道と4s軌道のイオン化断面積が異なることから、αが3d軌道、βが4s軌道に由来することが分かります。
この観測結果を理論的にサポートするために、酸素欠損を含むTi27O26およびV27O26での電子のエネルギー分布を、密度汎関数法の局所密度近似(LDA)計算を行ったところ、酸素欠損の周囲にTi 4sあるいは V 4s軌道に由来する分子軌道が形成され、そのエネルギーがちょうどβの位置に相当するという結果が得られました(図2の(c)と(d))。これらの実験と理論計算から、酸素欠損を持つ岩塩型TiOxとVOxでは、酸素欠損の周囲にTi 4s、V 4s電子が存在することが明らかとなりました。さらに、酸素欠損を持たない仮想的なTiOとVOにおいて3d電子間のクーロン斥力を考慮したLDA+U計算を行ったところ、モットハバード型モット絶縁体になることが分かりました(図2の(e)と(f))。
このことから、酸素欠損を持つ実際のTiOx(x=1.00)とVOx(x=1.00)では、理想的にはモットハバード型モット絶縁体である筈のところ、3d電子の一部が4s軌道に移動することでモット絶縁体の前提条件が満たされなくなり、金属化する機構が示唆されました。
(3)研究の波及効果や社会的影響
本研究は、遷移金属4s軌道が遷移金属酸化物の物理的・化学的性質を制御する新しい自由度と成り得ることを示しています。本研究を契機として、将来、遷移金属4s電子を活かした遷移金属酸化物触媒が脱炭素社会の実現に貢献する可能性があります。
(4)課題、今後の展望
多岐にわたる遷移金属酸化物の中で、今回の研究では岩塩型TiOとVOについて酸素欠損に由来するTi 4s、V 4s電子が初めて発見されました。その他の遷移金属酸化物においても遷移金属4s電子が存在する場合があるかどうか探索することが今後の課題です。遷移金属4s電子を利用する物性制御や化学活性制御が実現されれば、これまでにない材料を開発できる可能性が高まると期待されます。
(5)研究者のコメント
遷移金属酸化物は多彩な性質を示し、物理学、化学、材料科学などの幅広い分野で盛んに研究されています。一方で、ある分野での素晴らしい発見が別の分野で活かされていないケースがよくあります。今回の研究では、TiOとVOについて物理学と化学にまたがる新しい知見が得られました。今後も遷移金属を含む様々な物質の電子状態を解明することで、異分野間をつなぐ研究を行っていきたいと考えています。
(6)用語解説
※1 モット絶縁体
構成原子あたりの電子数が奇数個の結晶において、電子間クーロン斥力によって、ある原子の電子が隣の原子に移動することができず絶縁体となったものがモット絶縁体とよばれる。また、奇数個ではなく偶数個の場合でも電子間クーロン斥力が主因で絶縁体になっているものはモット絶縁体とよばれる場合が多い。このとき、電子を移動するためのエネルギー(モットギャップ)は電子間クーロン斥力の大きさで決定される。
※2 モットハバード型モット絶縁体
モット絶縁体になる遷移金属酸化物のうち、ある遷移金属の3d軌道から隣の遷移金属の3d軌道に電子が移動するエネルギーがモットギャップを決める場合をモットハバード型モット絶縁体とよぶ。一方、酸素2p軌道から隣の遷移金属の3d軌道に電子が移動するエネルギーがモットギャップを決める場合は電荷移動型とよばれ、電荷移動型に比べてモットハバード型モット絶縁体は稀である。
※3 光電子分光
あるエネルギーの光子を原子や固体に照射すると、束縛されていた電子が光電効果によって励起され、光電子として放出される。この光電子数の運動エネルギー分布を計測し、運動エネルギーから光子のエネルギーを差し引くことで、束縛されていた電子数のエネルギー分布を計測する実験手法である。
※4 硬X線光電子分光
励起光として硬X線を利用する光電子分光。固体に適用する場合、光電子の運動エネルギーが大きいことから、固体内部から放出された電子のエネルギー分布が得られる。
(7)論文情報
雑誌名:Journal of the American Chemical Society
論文名:4s molecular orbitals and strongly correlated 3d states in TiOx and VOx
執筆者名(所属機関名):Daisuke Takegami(東京都立大学), Anna Melendez-Sans(マックスプランク固体化学物理学研究所), Takashi Miyoshino(早稲田大学), Ryo Nakamura(早稲田大学), Miguel Ferreira-Carvalho(マックスプランク固体化学物理学研究所), Georg Poelchen(Max Planck固体化学研究所), Chun-Fu Chang(マックスプランク固体化学物理学研究所), Masato Yoshimura(国家同歩輻射研究中心), Ku-Ding Tsuei(国家同歩輻射研究中心), Haruka Matsumoto(早稲田大学), Asuka Yanagida(早稲田大学), Ryota Yoshimura(早稲田大学), Suguru Yano(早稲田大学), Takumi Iwata(早稲田大学), Takuro Katsufuji(早稲田大学), Atsushi Hariki(大阪公立大学), Liu-Hao Tjeng(マックスプランク固体化学物理学研究所), Takashi Mizokawa(早稲田大学)
掲載日時:2026年4月18日
掲載URL:
https://acs.figshare.com/articles/journal_contribution/4s_Molecular_Orbitals_and_Strongly_Correlated_3d_States_in_TiO_sub_x_sub_and_VO_sub_x_sub_/32046359?file=63829892
DOI:https://doi.org/10.1021/jacs.5c22806.s001
(8)研究助成
研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)
課題番号:22H01172
研究課題名:複合自由度に由来する新規磁気伝導物質の探索と新規物性
研究代表者名(所属機関名):勝藤 拓郎(早稲田大学)
研究費名:日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究(B)
課題番号:25K00961
研究課題名:量子埋め込み理論と統合X線分光データの融合による強相関物性解析法
研究代表者名(所属機関名):播木 敦(大阪公立大学)
研究費名:Walter Benjamin プログラム
課題番号:521584902
研究課題名:Systematic HAXPES study of transition metal/Pb/Bi-based energy materials
研究代表者名(所属機関名):武上 大介(東京都立大学)

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