脳発達に不可欠な受容体分子の新たな役割を発見
国立大学法人東海国立大学機構岐阜大学
更新日時:8月27日 14時00分
胎生期の脳発達においてタンパク質恒常性を制御
2025年8月27日
岐阜大学
脳発達に不可欠な受容体分子の新たな役割を発見 ~ 胎生期の脳発達においてタンパク質恒常性を制御 ~
本研究のポイント
・神経幹細胞(注1)における(プロ)レニン受容体欠損が、脳の構造異常と誕生前後の致死を引き起こすことをマウスモデルで明らかにしました。
・(プロ)レニン受容体欠損により、マウス脳内での細胞死やミクログリア活性化、神経細胞の分化異常など、脳の発達に重篤な変化が生じました。
・本研究は、胎児期の脳形成におけるオートファジーとリソソーム機能の重要性を示すものであり、神経発達障害の新たな理解につながります。
研究概要
岐阜大学 応用生物科学部の橋本美涼助教、中川寅教授(高等研究院One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター (COMIT)兼任)らの研究グループは、(プロ)レニン受容体[(P)RR(注2)]の脳組織発達への関わりを解明しました。
ヒトにおいて、(P)RRの遺伝子変異は神経変性やパーキンソニズムの病態を示すことが知られています。本研究では脳全体で(P)RRを欠損したモデルマウスを用いて、脳の発生過程における(P)RRの機能を詳細に追跡し、その重要性を明らかにしました。
本研究は、脳発生におけるタンパク質の品質管理(プロテオスタシス(注3))の重要性を示すものであり、神経発達を伴う疾患の病態解明に貢献する可能性があります。
本研究は同大学糖鎖生命コア研究所の木塚康彦教授、筑波大学生存ダイナミクス研究センターの深水昭吉特命教授、東京女子医科大学の市原淳弘教授、富山大学和漢医薬学総合研究所の金俊達准教授との共同研究で行われました。
本研究成果は、日本時間2025年8月15日にThe Journal of Biochemistry誌のオンライン版で発表されました。
研究背景
(プロ)レニン受容体は、血圧調節システムであるレニン-アンジオテンシン系の構成因子として知られる一方、リソソームの酸性化や細胞内シグナル伝達にも関与する多機能タンパク質です。これまで心臓や腎臓などでの機能は報告されていましたが、脳全体の発達における役割は不明でした。一方、(P)RRをコードする遺伝子ATP6AP2の遺伝子変異をもつ患者において、神経変性や知的障害、パーキンソニズムなどが報告されていますが、(P)RRと神経機能や発達における役割についての理解は不十分でした。脳は神経幹細胞の増殖に続きそれらがニューロン及びグリア細胞を生み出すことで徐々に作られます。そこで本研究では、神経幹細胞で特異的に(P)RRを欠損させることで、この脳発達過程における(P)RRの機能解析に取り組みました。
研究成果
神経幹細胞特異的(P)RR欠損マウスは胎生中期に脳の低形成を示し、誕生前後に致死となることが判明しました。胎仔脳内では神経細胞の分化異常、細胞死の増加、ミクログリアの活性化、リソソーム酸性化異常やそれに伴うオートファジー不全が観察されました。さらに、単離した(P)RR欠損神経幹細胞は培養環境で自己複製能を保っており一見して正常でしたが、細胞内ではオートファジー異常が起きていました。加えてその遺伝子発現の網羅的解析により、神経発達や髄鞘(注4)形成に関わる遺伝子の発現低下が確認されました。これらの結果は、(P)RRが神経幹細胞の分化と脳構造の形成に不可欠であることを示しています(図1)。
【画像:https://kyodonewsprwire.jp/img/202508274150-O1-3qTj2RNF】
今後の展開
本研究は、胎児期の脳形成におけるタンパク質の品質管理機構の維持(プロテオスタシス)の重要性を示すものであり、神経発達障害や先天性脳疾患の病態解明に貢献する可能性があります。今後は、オリゴデンドロサイト特異的な(P)RR欠損マウスなどを用いた研究により、髄鞘形成への直接的な関与をさらに明らかにしていく予定です。
用語解説
(注1) 神経幹細胞:
中枢神経系(脳と脊髄)の大元となる幹細胞。胎生期から生後にかけて、活発に自己複製を繰り返した後、神経細胞やグリア細胞を生み出し、それらが脳機能を担う。神経変性疾患等に対する神経幹細胞の移植治療研究が進められており、再生医療の観点からも注目されている。
(注2) (P)RR:
細胞膜やリソソームなどの細胞小器官に存在し、血圧調節酵素レニンおよびその前駆体(プロ)レニンをリガンドとする1回膜貫通型の受容体分子。この受容体機能とは独立した機能により、多様な細胞・臓器でシグナル伝達や発生・老化における重要性が知られている。
(注3) プロテオスタシス:
タンパク質の恒常性を示す言葉で、タンパク質の合成や折りたたみ、分解が正常に保たれた状態を意味する。本研究では、(P)RR欠損脳でタンパク分解機構であるリソソーム分解やオートファジーの破綻が見られた。
(注4) 髄鞘:
脳機能を支えるグリア細胞の1つであるオリゴデンドロサイトが神経細胞に巻き付くことでつくる構造。脂質に富んだ構造のため、神経伝達の際に絶縁体としてはたらき跳躍伝導を担うと共に、神経保護の役割を併せ持つ。髄鞘構造は生後につくられる。
論文情報
雑誌名:The Journal of Biochemistry
論文タイトル:Neural stem cell-specific deficiency of (pro)renin receptor causes brain malformation and perinatal lethality in mice
著者:Misuzu Hashimoto*, Tsutomu Nakagawa* 他
DOI: 10.1093/jb/mvaf047

図1.胎生期脳発達における(プロ)レニン受容体の機能解析