血管内治療の課題を克服する新規の抗血栓性コーティング
国立研究開発法人産業技術総合研究所
更新日時:7月10日 18時00分

血栓症リスクの低減と抗血小板剤の減薬

ポイント
・ 脳動脈瘤治療用ステントの安全性と有効性を高めるコーティングを開発
・ 従来技術では困難だった抗血栓性と細胞接着促進という相反する効果を同時に実現
・ 血管内治療に残存する合併症リスクを低減、抗血小板剤の減薬によって医療費削減にも貢献の可能性

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概 要 
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)生命工学領域連携推進室 寺村 裕治 連携主幹(細胞分子工学研究部門 分子機能応用研究グループ 研究グループ付)は、一般社団法人ジャパン・メディカル・スタートアップ・インキュベーション・プログラム(以下「JMPR」という)、N.B. Medical株式会社(以下「N.B. Medical」という)と共同で、脳動脈瘤治療用ステントのための新規抗血栓性コーティングを開発しました。

血液と接触する医療機器において、血栓の発生を抑制することは重篤な合併症を回避する重要な要素です。血管内に異物を留置するため、ステントを使用した患者は常に血栓性合併症のリスクにさらされています。そのため抗血小板剤の服用が必須となります。また、血栓発生のリスクを低減するためにこれまでに多くの抗血栓性コーティングが研究されてきました。従来のコーティングは、タンパク質の非特異的吸着を抑制することで抗血栓性を発揮するという原理が主流でした。タンパク質吸着の抑制は同時に細胞の接着を阻害することも意味します。そのため従来技術において、抗血栓性と細胞接着性はどちらかを向上させるともう一方は低下する相反関係にありました。

一方で開発した新規抗血栓性コーティングでは原理が異なります。この技術は血中の非凝固系タンパク質を優先的に吸着することで、ステント表面から生じる血液凝固反応が抑制されます。タンパク質の吸着を抑制するのではなく制御する本技術では、抗血栓性を発揮すると同時に細胞接着性が向上しています。細胞接着性の向上によって、ステントが血管に取り込まれる速度を増加します。ステントが血管内に早期に取り込まれることは、治療の早期完了を意味します。

この技術により、ステント治療で課題とされてきた血栓性合併症の発生を抑制します。さらに治療期間が短縮化されて抗血小板剤の減薬が可能となり、患者の負担軽減だけでなく医療費の削減にも貢献します。

なお、この技術の詳細は、2024年7月10日(英国夏時間)に「Scientific Reports」に掲載されます。

下線部は【用語解説】参照

開発の社会的背景
近年、くも膜下出血の主な原因である脳動脈瘤の治療において、医療機器の進歩により低侵襲な血管内治療が主流となっています。特にステント併用コイル塞栓術は、高い安全性と有効性が報告され、現在、血管内治療の最も確立した手法の一つとされています。しかし、この手法にはステント起因の血栓形成による血管閉塞のリスクが伴います。そのため、ステントを使用した患者には抗血小板剤の服用が必須となりますが、抗血小板剤を服用していても一定の割合で血栓性合併症は発生しており、さらに服用中は出血性合併症のリスクが高まります。さらに、長期間の服用が必要であるため、患者への負担や医療費の増大という問題もあります。

これらの解決に向け、ステント表面に抗血栓性を付与するための抗血栓性ポリマーのコーティングが多く研究されてきました。しかし、従来のポリマーは血栓の発生を抑制する一方で、細胞の接着に伴う血管内皮化と呼ばれる血管内へのステントの取り込みを阻害するという欠点がありました。ステント治療においては、ステントが最終的に完全に血管内皮化することで治癒が完了します。しかし細胞が接着できないと血管内皮化が起こらず、ステントの取り込みが遅れ、治癒が遅延するリスクがあります。抗血小板剤の服用がのびてしまい、出血性合併症のリスクがさらに高まるといった悪循環につながっています。そのため、臨床現場では抗血栓性を有し、血管内皮化を阻害せず細胞接着性を合わせ持つコーティング技術が長年求められてきました。しかし、従来の技術ではこれらの特性は相反するので、両立する材料は存在しませんでした。

研究の経緯
産総研は、生活の質(Quality of Life)の向上に貢献する低侵襲医療デバイスなどの医療機器の研究開発に取り組んできました。安全に高機能で作用する医療機器を目指し、バイオマテリアルを開発してきました。今回、この技術を脳動脈瘤治療用ステントへ応用し、高い安全性と患者負担の軽減を実現できるステントを開発しました。

なお、本研究開発は、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「ディープテック・スタートアップ支援基金/ディープテック・スタートアップ支援事業」による支援を受けています。(2024~2025年度)。

研究の内容
今回、産総研とJMPR、N.B. Medicalらとの共同研究によって抗血栓性と細胞接着性を両立するステント用のコーティング技術を開発しました。さまざまな候補分子において検証を行い、その中で3-アミノプロピルトリエトキシシラン(APTES)をステント表面にコーティングすることで、従来の抗血栓性ポリマーと同等以上の抗血栓性を発揮しつつ、細胞の接着性の向上が認められました。

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コーティングが有する抗血栓性をヒト血液との接触試験によって確認しました。血液に接触させた後、ステントと血液を分析して抗血栓性を評価しました。その結果を図2に示します。コーティング無しのステントは血栓に覆われているのに対し、コーティング有りのステントは血栓がほとんど付着していません。また血液中の血小板数は、血小板が凝集して血栓化が進行したことで、採血直後の血液を100%とするとコーティング無しのステントと接触した血液は約50%まで減少していました。一方で、コーティング有りのステントと接触した血液では血小板の減少はほとんど確認されませんでした。

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さらに細胞の接着性について、従来の抗血栓性コーティングにおいて臨床で最も実績のあるポリマーコーティング(MPCポリマー)との比較を行いました。ステントと同材料の基板で血管内皮細胞の培養を行いました。顕微鏡で観察したところ、新規コーティングをした表面では従来コーティングをした表面よりも8倍以上多く細胞が接着していました(図3)。

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また、ブタによる大動物実験によってコーティングの安全性も確認しました。ブタの血管にコーティングステントを1週間留置し、ブタの状態とステントを留置した血管を評価しました。その結果、ブタの健康状態に異変は無く、ステントを留置した血管に異常がないことも血管造影によって確認しました(図4)。

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以上の結果の通り、今回開発されたコーティングは抗血栓性と細胞接着性を両立したステントを可能にします。この技術が示した抗血栓性により、ステント治療で課題とされてきた血栓性合併症のリスクを低減します。さらに細胞接着性が向上したことで、ステントの血管内皮化を促進し、血管への取り込みが早まる可能性を示しました。ステントの血管内皮化において、まず周囲の細胞がステントに接着していくことから始まります。接着した細胞は徐々に広がり、ステントを覆います。そして最終的に細胞によって覆いつくされ、ステントが血管内に完全に取り込まれることで治癒が完了します。以上の通りステント治療において、細胞接着が生じなければ治癒が開始されないため非常に重要な過程になります。細胞接着性の向上によって治癒が促進されれば治療期間が短縮化し、抗血小板剤の減薬が可能となることで患者さんの負担が軽減されるだけでなく医療費の削減にも貢献できます。

今後の予定
今後はN.B. Medicalにて、このコーティング技術を応用して脳動脈瘤治療用ステントの薬事承認の取得を目指します。また、並行して米国や欧州への展開も想定し、世界各国での薬事承認取得を目指して開発を進めます。

論文情報
掲載誌:Scientific Reports
論文タイトル:Stent coating containing a charged silane coupling agent that regulates protein adsorption to confer antithrombotic and cell-adhesion properties
著者:Naoki Inuzuka, Yasuhiro Shobayashi, Satoshi Tateshima, Yuya Sato, Yoshio Ohba, Kristina N. Ekdahl, Bo Nilsson, and Yuji Teramura
DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-024-65832-5

用語解説
脳動脈瘤治療用ステント
脳内の血管にできた膨らみ(動脈瘤)の破裂防止に使われる網状の医療機器。主に動脈瘤の頸部が広い場合において、瘤内を血栓化させるために詰めるコイルと併用して用いられます。コイルが瘤内から血管に脱落しないように支持する役割を担う機器です。

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抗血小板剤
血小板の働きを抑えて血液の凝固を防ぐ薬。心臓病や脳梗塞の予防に使われ、ステント治療後の血栓形成の防止にも使用されます。

タンパク質の非特異的吸着
特定の相互作用を介さずにさまざまなタンパク質が物質の表面に付着する現象。タンパク質の吸着は血栓形成の初期段階である一方、細胞接着においても最初の足掛かりとなります。

非凝固系タンパク質
アルブミンに代表される血液の凝固に直接関与しないタンパク質。血中に多量に含まれており、血液中ではさまざまな生理機能を担っています。

血管内治療
血管内治療は、カテーテルを使って血管内から行う治療法です。動脈瘤や血管狭窄の治療に用いられ、身体への負担が少ないのが特徴です。ステントもカテーテルを通じて送達され目的箇所に留置されます。

 
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20240710/pr20240710.html